平成23年度 老人保健事業推進費等補助金(老人保健健康増進等事業分)「地震による津波で被災した一人暮らし高齢者・高齢者世帯の生活再構築のための支援過程の構造化」事業報告
本研究の目的は、東日本大震災による津波災害を経験した地域の住民、自治体職員、および外部から支援活動に入った保健師が必要と考えた平時の防災教育・減災教育について明らかにし、今後の保健師活動への示唆を得ることです。
対象は、被災地の住民、行政職員(保健師含む)、および被災地に支援に入った自治体とボランティア保健師(以下、外部支援保健師)158名です。
研究デザインは質的記述的研究、方法は半構成な個別面接調査です。
分析では、逐語録を分析単位に整理した全データから、住民を対象とした平時の防災教育・減災教育に関する記述データを抽出し、今後必要と考えられる平時からの防災教育・減災教育について読みとりました。調査時期は震災後半年が経過した2011年9月です。
津波災害を経験した住民、自治体職員、外部支援保健師が必要と考えた防災教育・減災教育としては、以下の4つのカテゴリが明らかになりました。それらは、幼少期以降の〈1自分の命を守るために、災害発生時に全てを置いて主体的かつ反射的に逃げるという意識を育む〉、学童期以降の〈2津波災害が起こり得る地域である現実と向き合い、個人が主体的に備える危機管理能力を高める〉、地域としての〈3当たり前に存在する役場が災害発生時に機能しないことを前提とする、住民主体の地域の健康管理能力を高める〉、そして幼少期から継続的に〈4ライフラインが復旧せず、物資も限られた集団生活の中で生き抜くための生活力を高める〉です。
津波災害を想定した住民に必要な平時からの防災・減災教育は、家庭教育、学校教育、地域等における社会教育の場において繰り返し行い、津波災害を自分自身の問題として考え続け、行動を起こしていく必要があることが示唆されました。
保健師には、共通の目的から成るグループや組織をつくり、継続して活動を続ける技術があります。住民の生活を知っており、組織育成に長けている保健師が、住民や自治体の防災計画担当部署と連携し、自主防災組織を育成していくことが期待されます。
(文責 小出恵子、草野恵美子、野村美千江)
第71回日本公衆衛生学会総会(山口)2012.10.24-26
本研究の目的は、東日本大震災で被災した自治体の保健師および支援活動に入った保健師の経験から、防災・減災のために平時から必要とされる保健師活動について把握し、その活動に必要な保健師のスキルアップについて検討するための基礎資料とすることです。
対象は、被災地の自治体保健師6人および全国から被災地支援に入った保健師93人でした。被災地の保健師の年齢は、平均29.8±5.7歳で、経験年数は1~16年(平均5.5±5.7年)、支援に入った保健師は20代7人、30代14人、40代32人、50代以上40人で、経験年数は5年未満4人、5年以上15年未満14人、15年以上25年未満22人、25年以上53人でした。
研究デザインは質的記述的研究、方法は半構成質問紙を用いた個別面接調査です。
必要とされる防災・減災活動が多種多様にある中で、防災・減災のために平時から必要とされる保健師活動について明らかにするために、本報告では「命をまもる」「健康をまもる」「災害時に生き抜くことができる」ことに焦点をあてて抽出し、防災・減災のために平時からどのような保健師活動が必要であるかについて検討することとしました。
結果、「防災・減災のために平時から必要な保健師活動」として、次の3つ抽出されました。
1つ目は〈地域の強みを活かし、地域の資源を活用して、災害時に住民が地域全体で協働して生き抜くための平常時からの地域組織活動の強化〉2つ目は〈様々な対象にアプローチできる保健師の専門性を活かした防災・減災教育〉、3つ目は〈災害時にも活かされる保健師の基礎的専門技術の研鑽〉です。
被災した自治体の保健師や支援活動を行った保健師が、その経験から防災・減災のために必要と考えた平時からの保健師活動については、その多くが特別なことではなく、保健師の専門性そのものであること、それが防災・減災にもつながることが推測されました。よって平常時の保健師活動の強化が非常時にも活かされることを念頭に置いて保健師の基本的専門技術を強化することが防災・減災に役立つと期待されます。
(文責 草野恵美子、小出恵子、野村美千江)
the 9th International Canference of the Global Network of WHO Collaborating Centres for Nursing and Midwifery(Kobe)、June 30th - July 1st, 2012
本研究の目的は保健師が災害に備え、平時からどのような情報を管理しておく必要があるのかを明らかにすることです。
対象は東日本大震災後被災地支援にあたった全国の保健師77名です。面接の逐語録から、保健師が平時に管理するべき情報に関する内容について抽出し分類しました。
研究デザインは質的記述的研究、方法は半構成的質問紙を用いた個別面接調査です。
《平時から準備する情報》として〈地理情報〉〈地方自治体の情報〉〈保健師活動の情報〉がありました。
〈地理情報〉には、県全体の地図、保健所圏域、市町村の位置、人口、産業、交通網、生活圏、地元の医療機関、住宅地図、避難所の地図が含まれていました。
また地理情報について、全体の地図と地域の地図、避難所等は、呼び名を平仮名で書いておくことの必要性が挙げられました。保健師は、今回の被災地支援の経験から、自分の担当地域が被災し外部からの支援を受けることを想定した準備の必要性が挙げられました。
〈地方自治体の情報〉には、組織図、避難場所、災害時の協力機関等の防災計画に基づく地域の防災情報が含まれていました。各行政機関の情報(組織図、部局名、連絡先、職員数)、災害時に使用する記録様式の整備が挙げられました。
〈保健師活動の情報〉には、健康指標、保健活動の各種台帳、要援護者、日本語を母国語としない人を含む災害弱者への対応等があり、平時から地域の保健、医療、福祉の実態を把握し、災害時に優先的に支援する対象者を抽出することが挙げられました。
また、東日本大震災では多くの記録物が津波により流されましたが、被災後の住民情報は民生委員や町内会長等から得られており、平時からの住民との顔の見える関係が活かされていました。町内会、自治会、婦人会等のキーパーソン等、地域の情報が集まる場所および人を知っておくことの必要性が挙げられました。
情報の管理、活用方法として平時から保健所と市町村、海岸部と内陸部等、複数箇所でデータを保管しバックアップを取り共有することが課題としてありました。
《災害に備える保健師の平時の情報管理の課題》としては、〈情報の共有と一元化〉〈対処能力の向上〉がありました。〈情報の共有と一元化〉には、平時からの情報把握、情報整理、情報共有、〈対処能力の向上〉には、現実的な防災訓練による各自の実践力の向上が課題として挙げられました。
平時から準備する情報の内容には、個人情報や管轄部署が異なるものもあり、情報の共有と一元化には制度上の課題があります。保健師には被災地支援の経験を活かし、平時の保健活動を見直し、特に担当地域が被災し外部からの支援を受ける場合の準備、地域の情報把握と整理の必要性が示唆されました。
(文責 齋藤美紀、岩本里織、城島哲子)
日本地域看護学会(東京)2012.6.23-24
本研究の目的は、東日本大震災後に外部から被災地支援に入った保健師が、被災地での保健師活動をとおし把握した災害保健活動の課題とその課題の背景要因を明らかにすることです。これを基礎資料として、災害時における派遣保健師の活動のあり方と平時に備えておくべきスキルや体制について検討することです。
研究デザインは質的記述的研究、方法は半構成質問紙を用いた個別面接調査です。対象は全国から被災地支援に入った保健師93名です。分析方法は内容分析であり、3名の研究者が異なる視点で別個に分析した結果から研究者間で検討するトライアンギュレーションを用いました。
対象の年齢は20代7人、30代14人、40代32人、50代以上40人でした。経験年数は5年未満4人、5年以上15年未満14人、15年以上25年未満22人、25年以上53人でした。
外部から被災地支援に入った保健師が捉えた課題は、「Ⅰ本部機能、指示命令系統」「Ⅱ外部支援保健師の管理機能」「Ⅲ被災地保健師の統括管理機能」「Ⅳ被災地保健師と外部支援保健師の協働活動」の4つに分類されました。
「Ⅰ本部機能、指示命令系統」では、「全体統括や指示命令系統など地元の本部機能が麻痺していると、外部支援保健師は支援活動を自己完結するにも判断材料に乏しく、有機的に動けない」など被災地での健康支援活動に格差を生じる課題がありました。
「Ⅱ外部支援保健師の管理機能」については、「地区管理」に関するものが多く「外部支援保健師は、地元の土地柄や方言、社会資源などの状況がわからないと、支援活動範囲や対象理解、保健指導できる内容に限界があり、支援活動に対する不安や未達成感が残る」といった課題があがっていました。
「Ⅲ被災地保健師の統括管理機能」では、「被災地の地元保健師に災害支援経験や全体統括経験が乏しいと、全体像を把握し、優先度の高い課題と保健師が行うべきことの判断が困難であり、外部支援保健師に何を委ねるか、その時期その場でどう動いてもらえば有効かを十分伝えられない」、「統括機能を果たせる力量を持った外部支援者を活かせない」などの課題が生じていました。
「Ⅳ被災地保健師と外部支援保健師の協働活動」では「被災後、私事を抑え目前の仕事にフル活動している地元保健師とその統括機能の限界への理解が不足していると、外部支援保健師による事例や気づきの情報伝達が地元保健師に過度の負担を与えることになる」や「外部支援保健師毎に記録様式が異なると、その後、地元保健師が集約し全体像をアセスメントをする際に役立つ形に加工できない」といった課題があがっていました。
今後、被災地支援における保健師のスキルの向上のためには、有事にそなえた平時の保健活動について、さらに検討を重ねる必要があります。とくに被災地の地元保健師と外部支援保健師の協働活動のための支援の在り方や保健師の統括機能の在り方の検討が重要です。
(文責 酒井陽子、岡本玲子、齋藤美紀)
第1回日本保健師学術集会(東京)2012.3.9
本研究の目的は、東日本大震災の被災地である岩手県大槌町が、町民の安否確認と健康状態の把握のために行った健康生活調査に、ボランティアとして全国から参加した保健師が、災害支援活動として行った家庭訪問の特性と意義をどのように捉えたのかを明らかにすることです。それを、今後の災害支援活動と保健師活動のあり方を検討する基礎資料とします。
対象は、ボランティア保健師39名、方法は面接調査です。過去に被災地支援の経験の有る者は13名(33.3%)です。
分析では、逐語録を分析単位に整理し、3名の研究者が個別にデータを読み取った結果を研究者間で検討し精練しました。
結果として、《大カテゴリ》、〈中カテゴリ〉、“小カテゴリ”が抽出されました。
《Ⅰ地元でない地域に飛び込んで訪問活動を行い住民の反応から実感した保健師が行う家庭訪問の特性》では、〈A現地に行って初めてわかる被災地の状況と住民の生活実態〉、〈B訪問による面接で被災者が抑えていた感情を表出させ明らかにできた、身体的・心理的健康問題や家族の問題〉があり、迅速に現場に出ることが大切であり、出向くことでしか得られない情報があることが語られました。
《Ⅱ問題がなくても全戸を訪問することでわかった地域の潜在的健康課題》では、〈C地域に共通する健康問題を捉えるのに有効だった全戸訪問〉、〈D復興に役立つ社会資源を見いだせる全戸訪問〉、〈E非常時にこそ必要だと実感したこちらから出てかけて行く訪問活動〉が抽出されました。ここでは全戸訪問という活動方法が通常の家庭訪問と違い“対象を限定せずに被災地を丸ごととらえる”訪問であり、全戸に訪問するからこそ“明らかになる被災地の状況とニーズ”があると実感していました。また、災害時にこそこちらから出向く訪問によって、被災者に“自覚しにくい健康問題に気づかせる”働きかけや“問題が深刻化する前の解決”を目指す活動が重要であるという気づきもありました。
《Ⅲ災害支援活動で再認識した基本となる保健師活動の重要性》では〈F平時の家庭訪問で保健師が築いた地域力が災害時の活動を支える〉、〈G保健師による家庭訪問技術の再確認〉、〈H保健師という職種が住民の信頼を得られた活動の歴史の再認識〉があり、平時の地区活動に基く住民との関係性が、“ハイリスク者の把握”や“有事の情報源”を生むことがわかりました。また、改めて家庭訪問という活動形態が保健師だからこそできる“住民への接近方法”であり、“家と地図とを重ね合わせて地域を把握する”地区活動であり、“「保健師」という名称を出せば信頼してもらえる”ことを再認識していました。
《Ⅳ保健師活動の課題》では、“保健師の家庭訪問の独自性を明確化する必要性”や“保健師の家庭訪問技術を高める必要性”が確認されました。若い保健師が躊躇なく地域に出向き、自信を持って家庭訪問が実践できる技術を獲得できるような保健師基礎教育と現任教育に取り組む必要性が示されました。
今回の全戸家庭訪問による被災地支援活動は、参加者にとって保健師の家庭訪問を再考する機会となりました。家庭訪問が保健師活動にとって基本的で重要な活動手段であること、平常時の地区活動の積み重ねが災害時に地域住民や保健師を助ける基盤となることも実感できました。また見知らぬ土地で訪問活動が受け入れられた体験は参加者にとって保健師であることの誇りと自信につながったと同時に、保健師活動の歴史の重みを再認識ですることにもなりました。
(文責 城島哲子、岩本里織、齋藤美紀)
第1回日本保健師学術集会(東京)2012.3.9